Sinyoung Lee

研究内容RESEARCH

ヒト末梢聴覚器モデルの構築と難治性耳疾患の効果的診断および治療法への応用

難聴が未治療な者は健聴者に比べ認知症やうつ病の罹患率が高いと報告されており,難聴を引き起こす各種耳疾患の客観的診断法および効果的な治療法が求められています.しかし,生体における末梢聴覚器の直接計測は難しく,内耳の蝸牛は生死により挙動が異なるため,聴覚メカニズムには未だ不明点があります.本研究では,末梢聴覚器の機械振動とそれを電気信号へ変換する蝸牛内感覚細胞挙動を再現できるヒト末梢聴覚器の数値モデルを構築します.生体における感覚細胞の働きは,その働きを非侵襲的に評価可能な歪成分耳音響放射(DPOAEs)の計測結果を基に定式化します.数値モデルを用いた理論的裏付けにより聴覚メカニズムを解明した上で,難治性の耳疾患をモデル化し,発病メカニズムを解明します.また,各耳疾患モデルにおける挙動変化の特徴から効果的診断・治療法の提案を目指しています.

ヒト末梢聴覚器モデルの構築

図1にヒト末梢聴覚器の構造および役割を示す.中耳は音刺激による振動を効率よく内耳の蝸牛に伝達します.蝸牛は感覚細胞の働きにより振動を電気信号に変換し,聴神経を介して音を脳に伝達します.構築した中耳および内耳の機械振動部の有限要素モデルと有毛細胞の電気生理モデルを図2に示します.

図1 ヒト末梢聴覚器の構造および役割

図2 ヒト末梢聴覚器のモデル

発表論文

DPOAEsの発生メカニズムの解明

歪成分耳音響放射(DPOAEs)は外耳道に周波数f1,f2(f1<f2)からなる複合音を外耳道に入力した際に内耳の蝸牛より歪成分(mf1±nf2;m, nは整数)が外耳道内に放射される現象であり,蝸牛内の外有毛細胞の非線形な働きに起因する相互変調歪成分とされています(図3).高い信号対雑音比を有するDPOAEs計測装置を構築しており,得られた歪成分(mf1±nf2)の種類とそのレベルから非線形性を表す次数項を選定し,各歪成分の入出力(I/O)関数の飽和性を参考に定式化します.また,様々な種類の刺激をモデルに与え,DPOAEsをシミュレートとした結果と計測結果を比較し妥当性を得た上で,その際の基底板振動挙動からDPOAEsの発生メカニズムを解明することを目的としています.

図3 歪成分耳音響放射(DPOAEs)と構築した計測システム

図4 歪成分耳音響放射(DPOAEs)のシミュレーション

各耳疾患の発病メカニズムの明確化および定量的診断法の提案

中耳に異常が生じ,伝音効率が低下した場合の多くは,外科的に処置することで聴力の改善が見込めます.しかし,末梢聴覚器の形状や病状には個人差が存在するため,統一された中耳疾患の診断法や治療法を施すことは困難です.生体内における蝸牛を非侵襲的に直接観察することは難しいため,内耳疾患の多くはその発病メカニズムが明らかにされておらず,効果的な治療法が解明されていません.本研究では,聴覚メカニズムの本質を理解した上で,理論的裏付けにより各疾患が聴力に及ぼす影響を解明します.現在,下記の耳疾患について取り組んでいます.

  1. 鼓室形成術(耳科領域で2番目に術件数が多い)における固着部位の診断法

    発表論文

  2. 鼓膜形成術に用いられる移植片の物性値と術後の聴力の関係
  3. 内リンパ水腫(指定難病,内リンパ液の圧力上昇)による聴力低下のメカニズム

    発表論文

  4. 外有毛細胞の損傷と聴力変化の関係

    発表論文